神道稲門会

神道稲門会設立によせて

早稲田大学総長 鎌田 薫

 神道稲門会の設立、誠におめでとうございます。本日、晴れの設立の日を迎えられたことを心よりお祝い申し上げます。


 早稲田大学校友会は約61万人の会員数を誇り、世界中で1300以上の稲門会が活動しています。多彩な個性を備えた人材が集い、幅広い分野で国際的なネットワークを築いていることが校友会の最大の魅力ですが、この度、神道稲門会が一員に加わることにより、その魅力がより広がるものと確信しています。


 神道稲門会の設立にあたっては、鹿島則良会長を中心に多くの皆様が熱意を持ってご尽力されたと伺っております。あらためて、設立にご尽力された関係者の皆様に心よりの敬意を表します。神道稲門会の設立により、これまで交流の機会が少なかった、日本全国の早稲田大学校友の神職の皆様が親睦を深め、新たなネットワークが気づかれていくことを大いに期待いたしております。活発な稲門会活動を通して、早稲田大学や校友会の多様性を強力にアピールするとともに、様々な形でのご指導・ご支援をいただければ幸甚です。


 早稲田大学では、2012年に策定した新たな将来計画「Waseda Vision 150」のもとで、2032年の創立150周年に向けて、様々な改革を推し進めているところですが、本学と校友を核とした新たなコミュニティの形成などを核心戦略の一つに掲げています。神道稲門会と早稲田大学が協力し、交流を深めながら、相互の発展を図るとともに地域の活性化や文化振興などに貢献することができればと存じています。


 末筆となりますが、神道稲門会の諸活動を通じて、早稲田大学の改革・発展へのご支援・ご協力をお願い申し上げるとともに、神道稲門会の今後のご発展をお祈りし、お祝いの言葉とさせていただきます。






神道稲門会設立によせて

早稲田大学校友会代表幹事 福田 秋秀

 このたびの神道稲門会の設立、誠におめでとうございます。早稲田大学校友会の130年を超える長い歴史の中でも、初めて正式に神道に関する稲門会が設立され、大変喜んでいます。


 会員の皆様方におかれては、ご壮健にて日々ご活躍のことと拝察いたします。常日頃より校友会・稲門会活動に格別のご支援、ご協力を賜り、厚く御礼申し上げます。


 さて、1882年(明治15年)に早稲田田園の地に芽吹いた私たちの学苑の卒業生は、まさに一粒万倍の言葉の如く、現在では約61万人に至っています。国内はもとより世界各地で、稲門の仲間が活躍しています。1300を超える登録稲門会の中には、すべての都道府県にある校友会支部やその傘下の稲門会のほか、300を超える職域稲門会など、さまざまな会があります。このたび、神道稲門会が加わることにより、多様性が増し、ますます魅力あるものになることは間違いありません。


 目下、母校では国内の大学では突出した約5000名の留学生・外国人学生が学んでおり、このグローバルな展開は今後も続くことでしょう。校歌にある「同じき理想の光」を仰ぎ、校友会のキャッチフレーズにある「ともに世界へ ともに未来へ」進んでいけるよう、校友会は力を尽くしていきたいと思います。


 校友の力が集まれば、より一層の強力な母校や後輩たちへの支援に繋がりますので、神道稲門会の皆様方にも、引き続きご支援ご協力を賜れれば幸いに存じます。


 皆様のご健勝と神道稲門会のさらなるご発展を心からお祈り申し上げまして、お祝いのご挨拶とさせていただきます。






神道稲門会設立にあたって

神道稲門会 会長 鹿島 則良

昭和44年 商学部卒 鹿島神宮宮司

 今般「神道稲門会」が設立されることとなり、会長をお受けすることとなりました。関係の皆様には、ご指導ご鞭撻、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。過日、永楽倶楽部の三宅綱毅理事が鹿島神宮にお越しになり、「仏教稲門会が既に設立され活動しており、神道稲門会を設立してはどうか」とのお話を伺いました。この件は亡くなられた前神社本庁総長の三島大社矢田部宮司様とお話が進んでいたと伺いました。私は静岡県熱海市の生まれで、父とともに子供の頃から矢田部家を訪れ、大変お世話になっておりました。また昨年永楽倶楽部を訪れましたところ、鹿嶋市の隣町潮来市出身の海老沢勝二大先輩がおられ、設立の後押しをしていただきました。本来なれば東京の宮西先生にお願いすべきこととは存じますが、名誉宮司となられておりますので、お鉢が回ってきたものと覚悟をいたしました。


 一般的に神職の皆様は資格取得の経歴が登録されておりますので、早稲田大学の卒業生であることはお互いに知らずにおりました。今回の設立にあたり調べましたところ、早稲田大学卒業生で、神職の道に進まれ、今回会員になっていただいた多くの方々がおられることに驚いております。また神社のサポーターとして神職でない、早稲田大学卒業生の方々にも一般会員としてご入会いただき、心強く思っております。


 神道は我が国の長い歴史とともに今日に至っており、人々の生活や考え方に密接につながっております。明治以降の「国家神道」の時代、そして戦後の「神話を語ってはいけない時代」がありましたが、戦後70年を過ぎ、多くの人たちが参拝に訪れ、神と人との交流が復活しているように思われます。私たちは長い歴史の中で今日生かされていることを感謝し、次の世代にそれを引き継ぐことが大切と考えております。会員の皆様にはこのことを広めていただきますとともに、早稲田において学んだことを誇りとして広い視野をもって活動いただければ幸いです。


 設立にあたりましたご尽力いただきました永楽倶楽部の皆様、そして快く幹事を引き受けていただきました武田淳史様に厚く御礼申し上げ、設立にあたっての挨拶といたします。






神道稲門会研修会の参加に寄せて

昭和32年第一商学部卒業 井川 一彦

 先の神道稲門会では会長さまをはじめ特に國學院大學赤井学長さまの講話をいただきありがとうございました。


 当大学の博物館では神道文化の歴史資料を拝観でき、父が皇典皇究所國學院大學で折口信夫先生、金田一京助先生、青戸波江先生に師事したことを聴き及んでおり、後年、私自身神職養成研修会で学んだことなどを想うと感慨深い研修会でした。


 私は昭和8年12月8日生まれ、高祖父までは毛利藩士で社家でした。幼少期は2.26事件、支那事変、16年12月8日私の誕生記念日に大東亜戦争勃発そして20年終戦「昭和は輝いていなかった」時代でした。


 奇跡的に早稲田大学に合格、中島正信先生の「森羅万象全て神なり」の一喝で学生生活が始まり、NHKラジオのジャズアワーでは「世界は日の出を待っている」が流れておりました。


 学友の箱根富士屋ホテル元オーナー山口裕司君(昨年11月逝去)は半世紀に及ぶ家族ぐるみのお付き合いでした。


 卒業後は灌漑事業を経て船舶修繕ドッグの立ち上げに参加、その間、神職を兼務し両陛下ご臨席の遷宮コンサートでおそば近くの席でスメタナの『我が祖国』を聴けたことが一生の感激であります。


 やっと85歳になりました。我らが大隈重信大人の人生125歳説では未だ青年です。天罰の全身打撲の後遺症も皆様とお会いするごとに良くなっております。


 わせだスピリットの賜物です。